「人間万事塞翁が馬」という諺の意味
なんとなく知っているようで知らない諺の意味。
新年度のはじめにあたり、今年度私はこういう気持ちでやります宣言です。
いやきっと、他の方々もこういった思いで世界的危機を乗り越えたいと思うはずです。
下記の説明文は、私が敬愛してやまない方の文章です。
そこの箇所だけ転載させていただきます。
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禍は知らぬ間に福に変わり、福もやがて禍に転じたりします。言い換えれば、日は昇り、日は沈む。そして沈んだ日はまた昇るのです。日はまた昇るのであるから、その度に悲しんだり喜んだり、一喜一憂することはないという戒めであります。
昔、中国北方の国境に住む老翁の飼い馬が隣国の胡へ逃げていったので、村人がたいそう同情しました。すると、老翁は「そのうちにいいこともあるさ」と言って別に悲しむ様子はありません。
そして、数ヶ月後。その馬がひょっこり隣国の駿馬をつれて帰ってきました。村人はこの幸運を喜びました。すると、彼の老翁は「いやな予感がする」と言って嬉しそうな顔をしなかったのです。するうちにある日、息子がその駿馬に乗って落馬し、腿の骨を折って足が不自由になってしまいました。村人たちは気の毒がって見舞いにいくと、老翁は「いや、悪いことばかりではないよ」と平気なのです。
ところがそれから1年後、隣国胡との間で戦争が始まりました。身体の健康な男子は皆招集されて、ほとんどが戦死してしまったのです。しかし、老翁の息子は足が不自由なために徴兵を免れて生き延びることができました。
そして老翁の息子は戦後の国の復興に大活躍をすることとなりました。
この物語は、古語の「禍福は糾える縄の如し」とあるように、禍と福とが原因となり結果となって巡って来ることを指摘しています。それは運命の深さを説いているのであって、目先のことだけに一喜一憂する必要はないと戒めに他なりません。
「人生は波と節」